子が懐いてくれないのは自分のせい

子が懐いてくれないのは自分のせい

 

「子育て・教育について」題目

1.「父親としての子への接し方」

2.「子が懐いてくれないのは自分のせい」

 

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行政書士明和事務所

行政書士 吉田 重信

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人が物事に対して抱いている感情の本質は、それを失う瞬間に最も顕著に現れる。

 

 

すなわち、我と願望。

 

もっと言うと、単純な欲求か、加護心、信託だ。

 

 

後者は一般的には「愛」というのかもしれないが、
一概に断定できるほど実際の事象は単純ではないから、ここでそのように表現することは控える。

 

 

 

そうだな。

 

 

仮に理不尽、不条理な理由で、
自分が子と離れ離れになる事態を想像してみると良い。

 

その時、あなたはどんな動機で、子を手元に置いておきたいと思う?

 

 

単純に、そばにいてほしいから?

 

それとも、自分といた方が子の成長に寄与できると思うから?

 

 

後者だという人には、もう一押し考えてもらいたい。

 

 

では、離れた方が子のためになるという明確なメルクマークが存在するのだとしたら、
黙って子を手放せるのか?

 

 

究極の問答になるかもしれないが、
純粋に子の成長を願うというのはそういうことだよ。

 

できない、というのであれば、そこには少なからず「我」が潜んでいる証拠だ。

 

 

自分の手で子を育てたい、自分のそばにいて欲しいという、ね。

 

 

 

決して、そう思うことを批判しているわけじゃない。

 

僕にだって、そういう欲求はある。

 

 

 

しかし、子は色々な意味で、まだ未熟なんだ。

 

親からの愛情を、愛情として理解することができないほどに、な。

 

 

親の我をぶつけるには、彼等、彼女等は幼すぎる。

 

 

 

反感を買うかもしれないが、敢えて言おう。

 

子が望むというのなら、後ろから斬られてやるのもオヤジの役目だ、と。

 

 

 

将来、きっとその時の行為を後悔する時がくるだろう。

 

しかし、自ら斬ってしまった人間に歩み寄れるほど、人生は甘くない。

 

 

そいつを身を犠牲にして教えてやるのも、親の役目なのだ。

 

 

 

 

キレイ事だって?

 

 

 

そうだ。

 

 

 

 

わかっているんだよ、そんなこと。

 

 

ただ、そういう風にでも考えていないと、やっていられなくなってしまうだろう。

 

親だって、完璧人間じゃないんだ。

 

そうやって、事情を正当化する方法を知らないと、
最悪、自分の情が伝わらないことを子に八つ当たりすることにもなりかねない。

 

自分が傷ついたのだから、子も傷つくべきだなんて考える親がいるか?

 

 

 

 

ここ最近では、親が子に対して同一目線に立ち過ぎるきらいがあるな。

 

子に対して素の自分を論じようとしてみせたり、
子が言ったことを真に受けてしまったりするようなケースが典型だ。

 

 

一概に悪いことだとは思わない。

 

 

「フェアに扱おう」

 

これはそういった考えを基としている場合も多いからだ。

 

 

 

 

 

 

しかし、「フェア」とは一体なんだ。

 

 

 

 

 

同じ人間として?

 

若しくは、一人の人間として?

 

 

いや、子は別の生きモンだよ。

 

 

他人から見れば人であることに違いはない。

 

しかし、親は子に対してそういうスタンスでいてはダメだ。

 

親がわが子の未熟さを包括的に理解しようとしてやらないで、どうするというのか。

 

 

 

幼子なのだから、未熟なのは当然だろうって?

 

違う、そういう話じゃない。

 

 

 

彼等、彼女等は、存在そのものが未熟なのだ。

 

 

ゆえに、本質的な意味合いでは、誰にも、何に対しても、帰属はしない。

 

 

いや、できない。

 

 

前述した我のぶつけ合いや、一歩引いた接し方を知らないのは、
そこに対する理解と配慮が足りていないからだ。

 

 

難しいことを言っているんじゃない。

 

それだけ、子は特別な存在だということだよ。

 

 

無論、だからといって、過保護にすれば良いと言っている訳ではないが。

 

 

少なくとも、我々、大人の常識や素の欲求をぶつけるべき存在ではない。

 

 

 

 

 

昨今の大人から子への未熟な欲求のぶつけ方を見て、改めて思う。

 

 

 

現代の、子への愛情の根幹となっているのは、血と所有なのだ、と。

 

 

だから、子という存在自体に親が何かしらの重いシンパシーを抱いてしまったり、
他人の子を「子ども」という広い括りで愛したりすることができない。

 

 

別に押し付けられた血のつながりのない子まで、
自分の子として育てなければならない、なんて言っているわけじゃないぞ。

 

たしかに色々な論調のある話題ではある。

 

しかし、僕はそれを本人が自ら宣言するのであればともかくとしても、
押し付けた人間や第三者から言ったりすることは、断じて間違っていると思う。

 

 

 

もし僕が相談者の立場で、そんなお花畑みたいなことを真顔で抜かすようなヤツがいたら、

バケツで水でもぶっかけてやる。

 

 

 

自分の血を分けた子が特別なのは当然。

 

それを安易にないがしろにしようとする者は、家族というものを舐めているんだ。

 

 

ただ、他所の家の子を他人の子として愛することくらいは、本来、できるはずだろう?

 

僕が言っているのは、そういうレベルのことだよ。

 

 

 

では、何が問題なのか。

 

ここではその「特別」とやらを、
大人から子に向けてしまっていることについて問題提起をしている。

 

 

そいつはな、大人に対して子だけが持っている特権なんだ。

 

 

親、大人はあくまで、子に対して表面上では全体主義でいなければならない。

 

 

 

別に博愛を提言するつもりはない。

それと勘違いしてしまっている者はよくいるけれど。

 

これとは全く、別の話だ。

 

だから、表面上では、と言っている。

 

 

その線引きがうまくできていないから、
子を自分の評価基準のような目で見てしまったりするんだ。

 

 

細かい作法や様式なんて、論ずるまでもない。

 

大切なのは、親と子との関係性だよ。

 

 

 

 

子は血を選べない。

 

 

大人は一歩、下がるんだ。

 

 

・子育て・教育のワンポイント

人は、子は、いずれ去る。

 

それが早いか、遅いかの違いだけだ。

 

ドライに割り切れない部分があることはわかっている。

それがあってこその人間だよ。

 

そういうこともひっくるめて、後悔しないよう接することだと言っている。

 

 

 1.「父親としての子への接し方」

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