離婚調停は弁護士を立てた方が有利?自分一人で行くべきか
「調停に対する姿勢と考え方」題目
1.「調停は弁護士を立てた方が有利?」![]()
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行政書士明和事務所
行政書士 吉田 重信
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調停と聞いて、未だに身構えるような人は多い。
裁判所で話をするという事実に対して、
なにかとんでもない大事に巻き込まれたみたいに考えてしまうようだ。
僕が昔に行ってきた時も、控室にいて少し世間話したオジサンが、
「こんなところにまで来ちゃって俺の人生どうなるんだろう」なんて泣きそうな顔をしていたな。
しかし、調停はあくまでも話し合いの場を提供する場所に過ぎない。
そこでなにか裁きを下されるようなものではないし、
呼び出しを食らったこと自体は別に訴えられたりしたのとはわけが違う。
そういうニュアンスがわかりにくいところをうまく利用して、
まるで調停を申し立てることを脅し文句かのように使ったりする専門家もいる。
でも、調停が話し合いの場であることに違いはないから、
こういうのは「脅かして有利に進めようとしているんだ」と看破して冷静に対処すべきだ。
大体、呼び出し状の紙自体が怖すぎるんだよな。
裁判所からの封書で、普段見慣れない藁半紙に呼出状なんて冠をつけた上で、
一方的な日付指定で、ものによっては「出頭」とか書いてあるんだもん。
そもそも、フォントがおどろおどろしくて怖いんじゃ。
物々しいフォントで「調停は和やかに話し合いをする場です」と書かれてあっても、
その慇懃なギャップに一般の人はビビっちゃう。
あまりスチャラカしたものは流石にマズいだろうが、
出席率や利用率を高めていきたいのであれば、これは考え直した方がいいかもね。
一人で行くべきか、なんて議論があるのも、そういう恐怖心が背景にあってのことだろうからさ。
調停については色々な意見もあるだろうが、
自分で経験した上で言わせてもらえれば、自分一人で行ってきた方がいい。
理由は自分の家族への考えを、自分の言葉で伝えられる最後の場所だからだ。
これはどういうことかというと、
法的な勝ち負け以外の領域の話ができる最終ポイントということなんだよ。
調停は裁判のようにガチガチの手続きで固められている場所じゃないから、
基本的に調停員を介して話をする内容については自由なんだ。
だから自分主導でやっていくつもりならば、
仮に法に則った内容の話でなかったとしても提案したってかまわない。
しかし、弁護士みたいな代理人主導で行う形にしたら、それはほぼできなくなる。
弁護士自身も法的利益を追求する義務を課されている立場だから、
そういう穿った話はしようとしない傾向があるよね。
事実上、相手方弁護士との出来レースみたいになっているようなケースも少なくない。
まあ、連中は自分達を立てた方が有利ですとか言うけどさ。
実際問題として、受任後に大したことができていないケースを山ほど見てきているから、
これはあくまでも仕事に対するリップサービス程度に考えていた方がいいね。
それか、弁護士がマジでそう思い込んじゃっているか。
どっちにしろ、依頼人の方を向いた対応ができていないと感じる事例が多いから、
そういった意味でも、僕は調停に代理人を立てることには懐疑的だ。
知らない場所で、知らない人に、
たった一人で自分の事情をさらけ出すことを怖いと思う人は多いと思う。
でも、当時、20歳そこそこの僕でも一人で行ってきたんだから、
一般的にはそれ以上の年齢で臨むことになるであろう人達がそんなに怯える必要はないだろう。
家族関係を法的利益の観点のみで語るようになったら終わりだと思うんだよね。
だから、そういった土俵上で話をしなくて済むよう、
話をする環境からセッティングを意識してゆくことは重要なアプローチだと思う。
これは仮に、相手が弁護士を立てていたとしても、だ。
代理人を立てるってのは、防御行為なんだよ。
自らを守りたいという動機が、弁護士とかを立てる行為につながるわけ。
自分を守りたいだけだったら、もう話し合いに行く必要もないはずなんじゃないの?
本来的には弁護士を立てたヤツの立場って、そういうもんなんだよ。
わざわざ調停を起こしてまで話をしようとしているってのは、
そういう場を利用して別に守りたいものがあるからなんじゃないのかい。
それを看破し、穿つためには、計算された立ち回りや戦略などマイナスでしかない。
同じ土俵で防戦相撲なんかとろうとしているヤツの言葉なんか、
またいつも通りの出来レースとしか見られないぞ。
自分の言葉で、自分の考えを伝えるから聞く価値のある話になるんだ。
