養育費は誰のために、なんのために支払うものなのか
「養育費の取り扱いと意義」題目
2.「誰のために、なんのために支払うものなのか」![]()
関連法律知識
お知らせ
書いた人

離婚・家庭問題はお任せください
行政書士明和事務所
行政書士 吉田 重信
出版物 Amazon、楽天にて販売中
「離婚を考えた男が最初に読む本」
![]()
![]()

養育費に関しては最近になってようやく、
支払わなければならないものという考え方が一般化したようだね。
以前のように請求されなければ支払わないというスタンスはマイノリティと化し、
離婚時には一般的に支払うことになる男性側から話をする機会も多いようだ。
そういう背景もあってかウチに相談に来る人でも、
養育費を支払いたくないんですみたいなことを言う人はこれまで見たことがない。
一応、10年以上やっている身ではあるけれど、一人もそういう人は来たことがないな。
まあ、これまでのコンテンツで養育費を非同居親が支払うのはデフォと、
はっきり書いているからってのもあるだろうけれど。
相場についても基本的には養育費算定表をもって算出できるから、
意図的に収入証明等を隠していたりするような事例でもない限りは揉める要素はない。
でもその反面、金銭的なものなんかよりも心情的な面で悩みを抱えてしまう人が多く、
これが今では養育費における相談事の主軸となっている。
例えばなんだけれど、養育費を支払っていることについて、
なんら特別な意味合いを感じてもらえないことに不満を感じている人は少なくないんだ。
これは支払わなければならんという考え方が定着したことによる弊害だよね。
支払い義務者はなんの気なしに支払っているのではなく、
子どもの為を思って甘んじて負荷を受け入れる姿勢を示しているんだ。
その心意気と姿勢については数字だけじゃなくて、
なんらかの形で子どもに対して伝わるようにしてもらいたいと考えるのは必然だろう。
こういうのは義務なんだから支払って当たり前なんて、
債権債務上の話だけで済ませるべきことではないと思うんだよな。
そういうものと言い切ってしまうってことは、
金さえ与えていれば親としての責務を果たしているみたいな論拠にもなりかねないし。
家族、親族としてのつながりって、そういうもんじゃあないだろう。
昨今の養育費を支払わせようとする世情については賛成だけれど、
それをするのであれば、もらう側にも親としての責務を果たすよう義務付けるべきだ。
ただの金の話にしたりするから、この手の話は揉める傾向にあるんだよ。
また、それにつながる話でもあるけれど、
養育費を定型化された費用としてしか扱っていないことも問題だ。
これのおかげで、なんのために支払うのかと疑問を抱く人が後を絶たない。
要は、本当にこの金が子どものために使われるのかという点について、
懐疑的な事例がそれだけ多いという事なんだ。
それに対して、じゃあ受領者に家計簿をつけさせて、
毎月支払い義務者に提出させるなんていうのは、流石にやりすぎだとは思う。
プライバシーの問題もあるしな。
ただ、生活費とは言い難いレベルの法外な金額を請求する場合には、
具体性のある用途の提出を義務付ける程度のことはさせるべきなんじゃないのか。
養育費は子が非同居親と同等の生活を送る権利を根拠としているわけだから、
初めからその用途に使われないのが明らかな部分についてはカットアウトすべきだ。
でないと、養育費という名目で母親にこずかいをやっているだけになる。
離婚直後に妻が不倫相手と表立って交際、再婚する事例は多く、
そういった場合では養育費は実質、その不倫相手との生活費に浪費されることになる。
それは流石に不条理、不正義すぎるだろう。
実態を重視するという名目で養育費算定表の金額を引き上げたのだから、
将来的な制度設計に関しては、そういった実態についても着目して行ってゆくべきだ。
そうしなければ、いつまでも養育費はただの債権債務の領域を出ない。
当事者達の自然的な履行を期待するには、その領域から脱しないとダメなんだよ。
強制執行等の法的強制力を高めていくだけじゃあ、
弁護士達の仕事を増やしているだけで、本来的な履行は今後も期待できない。
誰のために、なんのために支払うのか。
それをはっきりさせて親としての使命感を持たせることが、
養育費という義務と責任を社会で再認知させる上で最も重要なことだろう。
