夢とロマンは現実を断った者のみだけが語ることを許される

夢とロマンを語れるのは現実を断った者だけ

 

「男の渡世」題目

1.「男の愛情表現はストレートに言葉にはできない」

2.「夢とロマンを語れるのは現実を断った者だけ」

3.「出会いと別れを繰り返すから強くなる」

4.「全てを失った経験のない者に全てを失う行動はできない」

 

書いた人

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行政書士明和事務所

行政書士 吉田 重信

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結婚ってのは、つまるところ現実なんだ。

家族を養っていくには徹底したリアリズムと、家族中心主義の考えが求められる。

 

家族中心主義ってのは、要は家族のために自己中であれってことだね。

自分の家族さえ良ければそれでいい、みたいな。

 

昨今の核家族化が当たり前になった家庭の様相を外とかで見ていると、
そういった自分の家庭に対するエゴさがある者でないと、家族を持てないように見える。

 

倫理観や社会性の観点から良し悪しを判断して他人との調和を取ろうとしたりすると、
それが家族からは弱さとして見られてしまう時代なんだ。

それゆえに結婚生活(現実)を受け入れるには、
そういったことを重視したいと思う己の自我にフタをしなければならない。

 

 

とにかく周りの事なんかよりも、家族にいい思いをさせろということだね。

ロマンを求めるような生き方をしても、家族から評価はされないんだ。

 

また、家庭(現実)をもって生きていくためには、
より確実に手に入る木の実をひたすら取り続けることが要求される。

収穫未確定な狩りに出ようとするなど、もってのほか。

 

これは昔から変わらないことだけれど、昨今ではよりそういった傾向が強く見えるね。

だから、なにか自分で考えているやりたいことや挑戦したいことがあったとしても、
現実のためにはそれを諦めなければならないだろう。

 

今の時代、家族も一緒に苦労しようなんて思考はとても薄い。

夢なんかに家族がついてこないのは、もう当たり前になりつつある。

 

情義なんかよりも現実の方を優先されて、
これまでの如何に関わらず、家族から切り捨てられるようなことも少なくない。

 

熟年夫婦の離婚なんか見ていると、特にそう思うね。

やりたいことがあるんだったら好きにさせてあげるから一人でやりな、と、
自分達の世界の事柄とは切り離してしまう

 

 

一言で言えば、薄情だな。

でも、時代背景的に非難をする気にはなれないのも困ったものだ。

 

結局のところ、夢やロマンを追い求めたいのであれば、
現実を見なければならない生き方は諦めなければならないということだね。

巻き込まないように、と自ら切るのだったらまだいいが、
ついてきてくれる、応援してくれると期待していた上で切られた場合は悲惨だ。

 

夢とロマンは、他人に期待をしない者のみが語れるコンテンツなのだ。

 

 

なんか、書いていて寂しい気持ちになってくるな。

 

 

 1.「男の愛情表現はストレートに言葉にはできない」

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