父親よ、家族に対して諂うな
「男という世界」題目
3.「父親よ、家族に対して諂うな」![]()
書いた人

離婚・家庭問題はお任せください
行政書士明和事務所
行政書士 吉田 重信
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男性の家族に対する考え方って、ここ20年くらいですごく変わったよね。
厳密に言うと、家庭というもののプライオリティが変化したのだろう。
社会で評価されたり己の立場を築いたりすることなんかよりも、
家族の中で明確な役割や存在感を持っていたいと考える父親は本当に増えたな。
昔は仕事一辺倒であったり、会社を家庭からの逃げ場所にしてしまう人も多かったけれど、
そういった考えは前時代的と捉え、今ではプライベートを大事にする傾向が強い。
これは別に悪い傾向だとは思わない。
父親が家庭に対して目を向けるいい機会だし、
それによって被る家庭へのデメリット等は特に見当たらないからだ。
しかし、そういった傾向が強くなるにつれて、
自分の居場所を社会ではなく、家庭内に求めてしまう人が増えてきた。
それに伴い、家庭、そして家族というものに対して、
風下に立ってしまう父親が目立つようになってきたと感じる。
皆、家庭を失ったり、壊れたりすることへの警戒心や恐怖心が強くて、
何をされても、どんなことが起こっても、家庭や家族に縋ってしまうことが多い。
子どもとのつながりなんか、特に重視する人が増えたね。
家族に対して完全に下手に出てしまって、
ますますドツボにハマってしまうケースも少なくない。
でも、家族や家庭って、本来的には自分から追ったりするものではないはずなんだよ。
人の気持ちは追えば追うほど逃げてゆくものだから、
こういった状況になった際に、相手に諂っても良い結果なんか望めないだろう。
向こうからしたら、縋ってくる相手に我慢して付き合うなんて考えられないだろうしな。
子どもにしたって、下手に出てきた父親になんか、
どう接したら良いかなんてわからない。
気遣ってはくれるかもしれないが、
子どもに気を遣われるなんて、これほど惨めなものもないだろう。
手厳しい言い方になってしまって申し訳ないが、
これは現実の話なんだ。
諂いから築かれる尊重はあり得ない。
妙な話だが男の場合、
大事にしてもらいたかったら自分を投げ捨てないとダメだよ。
本当に大事なもののために、ね。
ついてくることを望むのではなく、
ついていきたいと思われなければ人はついてこない。
それを具体化させるためには、自分を大事にしていてはいけないんだ。
難しい話だよね。
でも複雑怪奇な話じゃなくて、
心配する側ではなく、心配される側にならないといけないという単純な話なんだ。
離婚とかの重大な話じゃなくても、
離れていく相手をつなぎとめるのは背中で語る強さと、ほんのちょっとの寂しさ。
やはり、これ以上のものはないと思う。
追う立場は、男にとって不合理だ。
常に追われる立場でい続けることが望ましい。
