甘い汁だけを啜って生きてきた男の末路
「「男」を演じる者達」題目
2.「甘い汁だけを啜って生きてきた男の末路」![]()
書いた人

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行政書士明和事務所
行政書士 吉田 重信
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良い時もあれば、悪い時もある。
これはどんな立場の人間であってもそうだし、
人生はその二つの入れ替わりを経験することによって厚みが出てくるものだ。
しかし、世の中にはまるで飛び石の如く、
良い場所だけを搔い摘みながら生きようとするような者もいる。
そういう歪な人生をいい歳になるまで送ってきた者がどんな末路を迎えるのか、
僕がこれまで見てきた者も踏まえた上で話をしてゆこう。
人生なんて、広範な言い方をしてしまうと捉えにくくなるから、
多少、ミクロな観点から話をしていく。
苦い経験ってのは、物事を煮詰めていく上では必要不可欠なんだよ。
「失敗は成功の母」なんて言葉もあるけれど、
物事のうまくいく形は失敗を突き詰めていった結果、はじき出されるものでもある。
悪い時期という経過を伴うことが前提となっているものなわけだ。
しかし、良い思いだけをしようとする者はそういうプロセスを避け、
人が出した良い結果だけを奪っていく。
場合によっては、目をつけた者が結果を出すまで待って、
結果が出たらそのアガリだけを抜く。
その場の強気とハッタリだけで押し切り、
生成プロセスを己で経験せずにできたエサだけを食っていくような生き方だね。
一見、おいしい思いをしているようにも見えるかもしれないが、
その実、本人には自己生成した経験がなにも残らない。
こういう生き方を選択したということは、
一生、人から奪い、かっぱいで生きていかなければならないということでもあるんだ。
それでもいい思いができているのならいいじゃん、だって?
あのな、こういう生き方ができるのはまだ若いからなんだよ。
若い内は仲間からも「うまくやったなあ」なんて称賛されることもあるかもしれない。
世間からも「勢いがあっていい」とか言われることだってあるだろう。
でも、歳くってくると周りから求められることが変わってくる。
特に50代、60代以降の人生じゃあ、
これからどう生きていくかよりも、これまでなにを築いてきたかを見られる。
そうなった時に初めて本当の自分の能力や人格が問われるんだけれど、
こういう人物は強気とハッタリ以外になにもないから世間に示せるものがない。
じゃあ、これまで通りの生き方をしようかと考えても、
流石にその歳でそんなことをしていたら周りからも眉をひそめられる。
昔、称賛してくれていた人達であってもね。
それが認められていたのはまだ若さがあって、調子が良かったからなんだよ。
「もういい歳なのだから」という論調が出てくる歳になってまでやることじゃない。
んで、焦って今からなにかしようとしたりもするんだけれど、
積み重ねたものがない者がいきなり始められるようなものといっても、たかが知れている。
大抵が「今その歳になってやることか?」と、首を傾げてしまうようなものばかりだ。
例えばノウハウもないのにいきなり飲食店を始めようとしたり、
怪しげな商品や商材を売る営業職についたりとか。
女だと、保険屋とかでよく見るな。
あれは空手で始めやすい商売だから、
こういった刹那的な生き方をしてきた連中が特に群がりやすいんだ。
最悪、恋愛営業にも持ち込めるしな。
若い頃にブイブイ言わせていた人間が、
その歳になってからそんな汚れ仕事をしている姿には救い難いイメージが伴う。
これまでの仲間であっても、皆、なにかを警戒して関係を断とうとしたりもする。
若い頃のイケイケなイメージが、かえってよりみすぼらしさを際立ててしまうんだな。
なりふり構っていられなくなったら、
今度は自分達からも奪おうとするんじゃないかと思われるのは当たり前だ。
で、それに耐えかねて癇癪を起したりする者もいたりするんだけれど、
その先に待っているのは破産とか逮捕とかいう末路だ。
連中に送れる言葉といったら、一つしかない。
調子のいい時に強気でいられるのなんか当たり前じゃん。
君達は特別でもなんでもない。
当たり前のことを、ただ当たり前にやっていただけ。
その当たり前のことしか享受してこなかったから、
落ち目に入った時にでも張れるだけの度量が身につかなかったんだよ。
