人生の終わりは他人の都合などではやってこない
「男の人生」題目
2.「人生の終わりは他人の都合などではやってこない」![]()
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行政書士明和事務所
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最近の人達はコミュニティ内でちょっとした変化があると、
すぐ「人生終わった」みたいな極端な考え方をする傾向にあるらしい。
これは若い子ほどそういう傾向にあるらしいが、
それなりの年代の人でも近年ではそういう風になりがちなのだという。
恐らく、これは自分の世界がとても狭いゆえに起こっている現象だろうね。
その狭いテリトリーの中で自分が悪く見られてしまったら、
もう他に生きていく場所がないかのように感じてしまうのだと思う。
こんな風な考えに至ってしまうのは、自己実現する場を狭くしている要因。
年寄り臭い話になって恐縮だが、
やはりネットによる影響が非常に大きいと感じる。
スマホ等の普及でネット上が自己表現の標準の場になってからというもの、
この傾向はより強くなったと言えるだろう。
一つの場における己への評価が、
今後の自分の全てに影響すると思いがちになりやすくなっている。
まあ、これにはそんなものを真に受けたりする社会のせいでもあると思うがね。
でもさ、世界って本当はもっともっと広いんだよ。
一つミスったりキズがついたくらいで、
今後、生きていける場所がないくらいに終わったりなんかするわけないじゃん。
そんなんで終わるってんなら、僕なんか今まで何回も終わってるわ。
20歳そこそこで裁判所から呼び出し食らって、
そこで相手と弁護士に妊婦の腹を蹴飛ばすような極悪人みたいに言われるわ、
就職した会社達が軒並み潰れまくって、
職歴が履歴書に書ききれんくらいメチャクチャになるわ、
いっそ独立と思って準備していたら、
商社の営業マン達に目をつけられて面白半分で白紙にされるわ、
やっとこ、それなりの結果を出せるようになってきたら、
今度は弁護屋どものくだらないプライドのせいで台無しにされるわ、
終わりのオンパレードだ、クソが。
他人の都合なんかで終わったりしねぇんだよ、人生は。
いつだって、終わりにしているのは自分自身だろうが。
悪く見られた上で露出まで無くしたら、それこそ完全に終わってしまう。
だからいかなる状況に陥ったとしても、
自分はこれまで足を止めてしまうことだけはしなかった。
それに僕がこうやって前に出続ければ、
手ぇ出した人間は自分のやったことから目を背けられなくもなるしな。
一度アヤつけした人間には地獄の底までつき合わせるのが、ウチの流儀。
世界中の人間に好かれるのが不可能なのと同じで、
世界中の人間に嫌われることも、これまた不可能な話なんだよ。
自分の世界をそれ以上に広げちまえば、
くだらん評価を下していた連中もまとめて風下に回せるってこった。
他人の都合なんか、テメーの都合で蹴散らしてみせろ。
そういう部分での真価を問われてんだよ、こういう経験は。
あと今後の社会にも、たった一部分を見ただけで、
人の全てを評価したりしないような度量の深さを期待したいところだ。
クソを垂れている姿だけが、ソイツの全てとは限らんだろう。
